大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(むのイ)839号 決定 1972年10月04日

被疑者 飯田嘉則

決  定

(申立人、被疑者氏名略)

右被疑者に対する器物損壊被疑事件について、昭和四七年九月二九日東京地方検察庁検察官中津川彰がした接見に関する処分に対し、同日右申立人からその取消を求める準抗告の申立があつたので、当裁判所は、つぎのとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件申立の趣旨は「(1)東京地方検察庁検察官中津川彰が昭和四七年九月二九日申立人に対してした接見禁止処分を取消す。(2)同検察官が同日被疑者につき警視庁大塚警察署警備課長に対してした「弁護人又は弁護人となろうとする者と被疑者との接見については、予め検察官が発布する接見指定書を持参しなければならない」との処分は取消す。(3)同検察官は申立人が被疑者との接見を申入れたときは、現に取調べ中でない限りこれを拒否してはならない」というものであり、その理由の要旨は被疑者は、昭和四七年九月二八日器物損壊の容疑ありとして現行犯逮捕され、翌二九日東京地方裁判所裁判官により勾留(接見禁止決定付)され、勾留場所として代用監獄たる警視庁牛込警察署(大塚警察署改装中のため「預り」の形)に留置された。申立人は同日午後五時四五分頃牛込警察署に赴き被疑者との接見を求めたところ、中津川検察官は大塚警察署警備課長に対し、被疑者と刑訴法三九条一項に規定する者との接見については、同検察官の発する接見指定書による旨の指示をしていたため、これに従い牛込警察署係官は接見指定書を持参しない申立人と被疑者との接見を拒否し、申立人が同検察官に電話をもつてただしたところ、同検察官は「接見指定書を東京地検まで取りに来て戴きたい。接見指定書を持参しなければ接見できない」旨答え、右指定書を取りに行く義務はないとする申立人との間で話し合いはつかず、申立人は結局接見できなかつた。かような、接見指定書を東京地検まで赴いて受取りこれを持参しないかぎり接見を拒否するような検察官の処分は、刑訴法三九条三項の指定権を濫用し、被疑者、申立人の防禦権行使上不可欠の接見交通権を不当に侵害するものであるから違法であり、本件申立に及んだ」というものである。

二、ところで、刑訴法は、被疑者と弁護人又は弁護人となろうとする者との接見は本来自由であるが(同法三九条一項)検察官らは捜査のため必要があるときは、接見に関して、その日時、場所及び時間を指定できる(同法三九条三項)、とだけ定め、検察官が右指定権を行使する際の方式(書面によるべきか、口頭ないし電話連絡で足るか)・その告知の方法については、何ら定めるところがない。しかし、画一的に書面によるべきものとしたときは被疑者の緊急の防禦権行使の必要性に背く場合があろうし、且つ検察官らの右指定権行使の態様を必要以上に硬直ならしめる虞があり或いはおよそ書面による指定を一律に違法として排斥し、必らず口頭ないしは電話連絡のみでなすべきものとしたときは、手続の明確性を欠く結果(法三九条三項による指定は法四三〇条一、二項により準抗告の対象となる処分である)接見交通権の運用に関する捜査機関と被疑者側との間の無用の紛糾を招き、逆にそのことが円滑にして確実な接見交通にとつての障害となる事態も予想される。してみると刑訴法は明文の規定こそないが、法三九条三項の指定の方式については、これを指定権者の合理的裁量に委ねたものと解さざるをえない。かように解したからとて、検察官らはその裁量権を決して濫用できるものでもなく、例えば接見指定書によりいわゆる一般的指定に基く接見交通権の一般的禁止の解除(面会切符制)の如き運用は許されず、捜査の具体的必要がある場合に限り、且つ接見指定書による方が以後の紛糾を防止する上で望ましいと考えられる場合は速やかに同法三九条三項に基く指定を書面により行うこととなるのであつて、仮りに検察官らが書面により指定すると称して不当に接見指定を遅らせ、或いは事実上接見を拒否したというような事実があれば、裁量権を逸脱したものとして違法性を帯びて来ることもあろう。要は法三九条三項の接見指定につき書面によることが、そのことによる手続的明確性を考慮した上でも本来自由な接見交通にとつて著しい困難を強い、被疑者の防禦権の行使を不当に侵害するものか否かを当該事案の具体的事情により決すべき性質の問題である。

三、ところで、本件資料ならびに事実調の結果によれば、中津川検察官は、申立人に対し「接見の指定を書面でしているから速かに指定書を受取りに東京地検まで来て戴きたい」旨通告しているものであり、申立人(又はその代理者でもよいと同検察官はいう)において右指定書を取りに行きさえすれば直ちに接見指定の具体的内容を知り、申立人が被疑者と接見しうる状況にあつたものとみられる。そして東京地検まで右指定書を受取りに赴くべく申立人に要求することが多少の不便はともかく、申立人の接見交通権を違法に侵害したとまで評価しうべき事情は本件においては認めることができない。かような程度において同検察官が接見の指定を書面によるべきものとし、申立人に対して右の受領を求めたとしても同検察官が指定権行使の合理的裁量の範囲を逸脱したものとはいえず、結果として申立人が被疑者と接見しえなかつたとしても、それは自らの接見指定書受領拒否のもたらすところというほかはない。

四、してみると、同検察官が違法に申立人と被疑者との接見を拒否したとはいえないから申立の趣旨(1)は理由がなく、同(2)は本件においては、同検察官が法三九条三項に基く指定権の行使につき同警察官に対してした内部的連絡の域に止まるものであつて未だ一般的指定処分とみることはできず、同(3)については検察官に対し予め違法行為をすべきでないことの宣言を求めるものであつて準抗告の裁判における必要により更になすべき裁判に該当しない。

よつて本件準抗告の申立は理由がなく刑訴法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例